仙台高等裁判所秋田支部 昭和33年(う)20号 判決 1958年5月07日
控訴人 原審検察官
被告人 岩谷幸一
検察官 長井省吾
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金千円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
検察官長井省吾の陳述した控訴趣意は、検察官事務取扱検事大野正作成名義の控訴趣意書(派田多一とあるは派谷多一の誤記につき訂正)の記載と同一であるからこれを引用する。
同控訴趣意(法令違背)について。
原審が「被告人は昭和二十八年九月十一日付で青森県公安委員会より銃砲所持許可証の交付を受けて所持していた猟銃一挺を昭和三十二年九日十四日頃肩書自宅において派谷多一に貸与したことによりこれを所持することができなくなつたにも拘らず該猟銃の所持許可証を所轄公安委員会に返納しなかつた」旨の本件公訴事実に対し右貸与は(一)一時的のもので所持を喪失したものと解しえない、又(二)少くとも何時でも容易に返還を受けて直接の所持を回復しうるのであるから銃砲等所持取締令第六条第一項第一号の「銃砲等を所持することができなくなつたとき」に該当しないとの見解のもとに無罪を言渡しておることは原判文に徴し所論のとおりである。
よつて按ずるに同条項同号に所謂「所持することができなくなつたとき」とは物件の所持者が該物件に対する事実上の支配関係を喪失したときを指称するものであることは多言を要しないのであつてその原因については法文が譲渡を例示したに止め別段制限するところはないのであるから所持許可証の悪用を防止する本条制定の趣旨に鑑みるときは物件に対する事実上の支配関係を喪失した以上それが一時的であり又回復可能であると否とにかかわりなく(自己の意思に因らない所持の喪失については同条項第四号の規定するところであつてこの場合も観念的には一時的乃至は回復可能の喪失が予想せられる)本条項による許可証の返納を要請せられているものと解するを相当とする。これを本件につき検討してみるに被告人は派谷多一所有の畑に出没する熊の危害を防止するため同人の懇請を容れて本件の猟銃を昭和三十二年九月十四日頃自宅で同部落に居住する同人に貸与したものであることが記録並に当審証拠調の結果明かでこれにより右猟銃に対する事実上の支配関係は派谷多一に移転し被告人は一時的にせよその所持を喪失するに至つたことを確認しうるのであるから(原審が右の関係を単に保管を託した場合と同視して被告人の右猟銃に対する支配関係が持続しているものの如く解している点は貸与の趣旨を誤解したもので当をえない)前説示に照らし被告人は右猟銃を派谷多一に貸与したことにより該許可証を所轄公安委員会に返納すべき義務を負つたものといわなければならない。なお派谷多一は被告人より右猟銃を借受け所持していたこと等により有罪の裁判を受け確定しているのである。
してみれば右と異る見解に出た原審の認定は畢竟法令の解釈適用を誤つた違法を冒したものというべく右は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し同法第四百条但書により改めて次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は昭和二十八年九月十一日付で青森県公安委員会より銃砲所持許可証の交付を受けて所持していた猟銃一挺を昭和三十二年九月十四日頃肩書自宅において同部落に居住する派谷多一に貸与したことによりこれを所持することができなくなつたにも拘らず該猟銃の所持許可証を所轄公安委員会に返納しなかつたものである。
(証拠の標目)
一、被告人の原審公判廷における供述記載
一、被告人の検察官副検事に対する第一、二回各供述調書
一、派谷多一の同上に対する供述調書
一、銃砲所持許可証写
(法令の適用)
法律に照らすと被告人の判示所為は銃砲刀剣類等所持取締令第六条第一項第一号第二十九条第一号罰金等臨時措置法第二条に該当するので所定罰金額の範囲内において被告人を罰金千円に処すべく右罰金を完納することができないときは刑法第十八条第一項により金五百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により被告人の負担たるべきものとして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 小田倉勝衛 裁判官 三浦克己)